ある人生
2012.05.10 Thursday
香月泰男 海拉爾(ハイラル)(1973)
私が死んだら私のことはすっかり忘れてください。
けがれなき聖母のことだけを覚えてください。
- マキシミリアノ・マリア・コルベ -
その経験が特別なために他の人と心を共有するのが難しいことがあります。そのような時にはただその人のことばに耳を傾け、思いをよせる他にはできることがないかもしれません。
満州の航空隊で指揮をとっていた父は、終戦後中央アジアの炭坑で四年を過ごした後に帰国しました。彼は当時のことについて多くを語りませんでしたが、85歳の生涯を閉じる際に最後に口にした言葉は、部下であった隊員の名と伝達のための号令でした。
*
悲しみはかたい物質だ
そのひびきを呼びさますため
かならず石斧でうて
その厚みは手づかみでとらえ
遠雷のようにひびくものへ
はるかにその
重みを移せ
悲しみはかたい物質だ
剛直な肩だけが
その重さに拮抗する
拮抗せよ
絶えず拮抗することが
素手で悲しみを
受けとめる途だ
- 石原吉郎「物質」-
*
目の前のパンのためにだれかをおとしいれて生き延びたひとよりも
そんな厳しいなかでも夕日がきれいだとか一輪の花がきれいだとか
いっている人が結局生き延びていった。
- アレクサンドル・ソルジェニーツィン「イワンデニーソヴィチの一日」-
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確かなのは私が米兵が私の前に現われた場合を考え、
それを射つまいと思ったことである。
(中略)
私は生涯の最後の時を人間の血で汚したくないと思った。
- 大岡昇平「俘虜記」-
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祝福しなさい。その運命を。信じなさい。その意味を。
- ヴィクトール・エミール・フランクル「夜と霧」-


